※世良と堺が結婚してます。
割と本気なのが痛々しいです

小説?+漫画です






「だいぶ広くなったな」

「うーん…でも片付ける前から堺さんち綺麗だし、あんま変わんないっす」

大きなダンボールが詰まれた堺さんの部屋。
俺がここにあがれるようになったもう何年も前からずっと住んでるはずなのに、家具をどかしたところの壁もめちゃくちゃ白い。
聞いてみたら「白い壁は好きだけど家具の色つくの嫌なんだよ、」て言ってた。前住んでたやつ汚ぇ使い方してたんだなって思われたくないらしい。
でも何十年も住んでたら色つくのが普通っすよ堺さん、なんて俺は言わない。
次の住人だかなんだかわかんないけどそんな顔も一生知らないような人のこと気にして掃除の度に家具動かして
綺麗に壁拭いてたんだろう堺さんを想像するとちょっと面白くてああやっぱこの人かわいいなって思っちゃったから。

彼が一生懸命守ってきたこの場所には、もう戻ってくることはない。
来週からはここよりちょっと広くて、クラブからちょっとだけ離れたところに2人で住むことになる。
何十年も大切にされてきたこの部屋、ごめんな。あとお世話になりました。俺おまえから堺さん奪っちゃったよ。


明日、おれと堺さんは結婚する。


言葉にするとじぃん、と胸に染みてくるこの感じ。
ああ…なんだろう、別に式あげたいとかお互い思ったわけじゃないけど、形がほしかったといえばそうともいう。
そしたら堺さんが「お前若いな」って言ってたけどやっぱりその通りだと思う。
ほぼ同居してたけど、堺さんからも好きって言ってもらえたけど、幸せですねって言えたけど、
ちゃんとみんなの前で堺さんが俺のものなんだって形がほしいなって思ったんだと思う。
あと純粋に堺さんとチャペルって綺麗だろうなーって思っただけ。

隣を見ると燐とした顔で立つ堺さん、その奥にはベランダに続く大きな窓と「朝日がまぶしいから明日外す」って言われて
まだ取り残された細かな装飾のレースカーテンがあった。
ああ、もうこれ外したらこことお別れなのか。ダンボールに入れるのもったいないな…
両手にかざして歩こうかななんてバカなこと考えながらふと、真っ白なレースカーテンにあるものを思い出した。
連日の打ち合わせで何度も見てきた、花嫁を象徴するあれ。

「堺さん、明日の練習しましょう!」

突然叫んだ俺に案の定「は?」と訝しげな声を出した堺さんに頭ン中でレース被せてみる。うんうんやっぱ似合う。

「あのレースカーテンかぶって、ベールおろすのとかやってみたいっす!」

「…ばか?」

「堺さんカーテン!カーテン被ってくださいよ〜!」

「…いや、ばかじゃね…」

全くノリ気でない堺さんには悪いけど俺はもう気分は式場。真っ白な壁すらも神聖な教会の一部に見える。
なんだか本格的にヤル気になってきて、俺は寝室のドアにかけこんだ。そんな俺の背に
「おい世良トイレは向こう」という声が聞こえてきてなんかキュンてなったけどとりあえずバンッて扉閉じてみた。
もーほんと堺さんってばぁ…


*************

「どっすか!」


寝室から出た俺の姿にボウッと突っ立ってた堺さんがちょっとぎょっとする。
真っ白なタキシードパリッと着こなした(筈の)俺になにか言いたげに見つめている。
堺さんはなにか言いたいとき下唇噛んだりちょっとだけ出したりしてる。
そのときだけちょっと不細工になる、まぁそこも可愛いんだけど。

「…皺つくから着んなよ…」

あ、それっすか。ですよね。
でもね、俺はそれよりもっと良いこと思いついてるんす!
だってこれだと臨場感たっぷりだし、堺さんも俺にどきどきしない?

「満足したら脱げよな」

あ、するわけないかー堺さんスウェットのままだし。
全く俺だってこんだけパシッここなしたらそこそこいけてるんじゃねぇかなって思うんだけど…
堺さんだってちょっとは俺のこと褒めてくれたって…
ブツブツつぶやきながら窓の方を見て、とんでもないことに気付いてしまった。

「…え…俺、タキシード似合わないっすね…」


着られてる、まさに俺今タキシードに食われてる。
入れられた肩パッドがなんか無様だしちょっと袖口が長い。
ちょっと長い髪の毛がなんかガキっぽい…し、ヒゲもカジュアルな格好でなければなんだか不潔に見えないこともない。
こう見えて俺は外見的なところを突かれるとコンプレックスが泉のように湧き出してきて止まらなくなる。
こうなると練習どころではない、なんだかもうこんなに綺麗な堺さんの隣に立つのが恥ずかしくて正直明日結婚式出たくない。

「おいしっかりしろ」

「堺さん…俺…もうちょっとかっこよくなるかなって」

「服着ただけで顔変わるかよ」

「うう…でもこれ…なんか、あんまりっす、」

あーやばいネガティブ止まんねぇ。
明らかにヘコんでる俺に堺さんのチッて舌打ちが聞こえてくる。あーもうだめそれ以上俺のこと追い詰めないで!
そのまま横をスイッて通っていく、俺は黙る。暫くするとズカズカと大股であるものを手にした堺さんが俺の前に立った。
まさに蛇ににらまれた蛙状態。けど寄せられた眉とは裏腹に、目が少し揺れている。これは怒ってるんじゃなくて、恥ずかしいときの堺さんだ。

「ぷわっ!!」

意識する前に抜かれるんじゃないかってくらい勢いよく生え際から前髪を後ろに押された。
頭の上ではじける泡音。炭酸ぶっかけられたような冷たさじゃない、この匂い、堺さん抱きしめた時にすごく感じる匂い。

「これで少しはマシになるだろ」

ワックスまみれになった堺さんの手と、すごく視界がはっきりした俺。呆然としたその頭を一丁上がりって感じで
バシッと勢いよく叩くとまたスタスタそっけなく手を洗いにいってしまった。

(これ…堺さんのワックスで、堺さんが髪いじくってくれた?)

ブワワッと身が震えるのがわかった。
堺さんが自分から髪の毛を弄くってくるのなんて初めてなんだ。
(や、ば…)
顔がカッと熱くなって、なんだか目が重い。
こんなに一緒にいると思ってた自分たちでも、まだまだ初めてのことで、新鮮に感じる瞬間がたくさんあったのだ。
結婚がひとつのターンとは言うけれど、これから先もずっと新しい発見はまだ続いていて、本当に堺さんといるとたくさんの発見の連続だなんて、月並みな言葉だけど。

…やば、マジで…超、うれしい…

堺さんの足音が背後から聞こえて、俺はすぐ振り返ったけどこっちには目もくれずまた俺の横を通り過ぎていく。
相変わらずそっけない足取り。だけどその足が向かうのは紛れも無く…

ベランダに繋がる大きな窓。そこにドカッと勢いよく腰を下ろした堺さんは畳まれたカーテンを引き、シャッという音と共にレースの向こう側に隠れてしまった。

(堺さん…)

膨らんだおかしなカーテン。柔らかな布が輪郭を作りだし、偉そうに組んだ腕と投げ出された足が見えている。

「…ッ!」

またゾクッと身が震えるのを感じる。
いいのか、な
本当に…近づいていいのかな

じり、と距離をつめていく。
絶対に逃げることはないとは分かっていても、こんなにゆっくり進んでいく自分をおかしいとも思う。
だけど堺良則という男はどうしてもなんとか掴んでも、逃げて、追いかけても、拒んで、まっすぐこちらを向けさせても、目をそらして、好きだといっても、俺は好きじゃないと。そう言う男だった。
だけどその頬はいつも色づいていて、抵抗する腕にはどこか葛藤が見えて、こんなことを言ってしまえばなんなのだが、自分のことを好きなのだろうと見え見えだった。
だからこそ彼を素直にさせるのはどうすればいいのかと、何度も思い悩んだ。触れ方は?言葉は?表情は?抱きしめる強さは?どのくらい距離をとって、彼を甘やかせばいい。
そのタイミングもはかれぬ幼い自分を何度も見てきた。

当たり前だ。
大切なんだ。

いつのまにか足が止まっていた。
何故だかこわくて、ガタガタと震え、顔は火を噴くように熱すぎてどうしようもない、頭がガンガンとする。
這うようにいくのは格好悪すぎるから、なんとか重い足を引きずって堺さんの足元にたどりつく。

太股の上あたりにかかった真っ白なレース。
ゴク、と自分の喉が上下するのが分かった。カーテンの先をつまむように、ゆっくりと少しずつあげていく。
この光景を目に焼き付けるように。

触ってみるとゴワゴワと硬くて、ああやっぱりただのカーテンだななんて思いながらもそこからチラリと白い首筋が見えて息を呑んだ。

キレイな輪郭
閉じられた薄い唇
スッとした鼻筋
多くはないけど長い睫
整えられた眉

少しずつ現れる大好きな人の顔に胸が爆発してしまうのではないかというほどドクドクと音を立て、喉がカラカラに渇いていく。

(さかい、さん、さかいさんさかいさん…)

窓の外にはあつらえたような真っ白な満月。
俺と窓に挟まれた堺さんの首筋や耳、細い髪が照らされて青白光る。
幻想的な美しさなんて人間に感じたことはなかったのに、瞳を閉じた堺さんにはきっとそれが溢れてて、思わず手が震えた。


やがてパサリ、とカーテンから彼を解放した時、何故だか大きく息を吐き出した。
その音にゆっくり開かれた堺さんの目がじっと、俺を見つめた。
黒目がちなそれが、すこしの潤みも見せずにこちらを眺めるのに。ああ、堺さんだなって思う。
おろされていた手が俺の腰に添えられて、後ろに組まれた。

「、…は、」

堺さんの背に腕を回して、強く抱き返す。
背中が冷たくなっていた。
窓は外の北風で冷たくなっていて、ひんやりと俺の腕も冷やしていく。

ゆっくりと近づいてる間に窓に押し付けられていた背中がこんなに冷たくなってしまったんだろう。
寒いと、早くこい、という言葉はうっすらと色の消えた唇からはこぼれることがなかった。

「…ッ」

冷えたそこをあたためるように、ただじっくり背中を撫でる。

(待たせてごめん、堺さん)


堺さんは「遅ぇよ、」とも「ありがとう」とも言わず、
ただ俺をゆるく抱き返してきた。



「おれ、…明日は、泣かないっす」

「うん」

「この先も、ぜったい、 …できれば、泣かないっす」

「無理だろ」




荷物がまとめられダンボールだらけになった部屋が2人の脳内に様々な記憶を蘇らせる。
この関係のきっかけになったある事件も、お互いを見つめあった瞬間も、拙い喧嘩も、仲直りも、
恥ずかしいくらいガムシャラに抱き合ったことも、ぎこちない「おはよう」の言葉も、
誰も見てないのにひっそりと指先から触れ合わせ、手をつないだことも。
お互いの背中をあたためている今も。




明日は、結婚式です。